「レシェティツキの弟子達・その3」~ Paul Schramm 知られざるレシェティツキの弟子・Paul Schrammの貴重なピアノ録音を紹介。
Paul Schramm(1892-1953)はウィーンで生まれ、神童としてピアニストのスタートを切った。写真で見る神童時代のSchrammは、ホフマンやコチャルスキを連想させるロマンティックな雰囲気を漂わせている(この写真はMieczyslaw Horszowskiから日本レシェティツキ協会へ寄贈されたものである)。1901年にはオーストリア貴族の後援で、次のようなプログラムのコンサートを行っている。リスト=ワーグナー、ライネッケ、メンデルスゾーンなどの小品、教師ルドルフ・カイザーとシューベルトのデュエット・ソナタ、自作曲から。さらには聖歌隊の指揮もした。
Schrammは10歳から5年間、レシェティツキのもとで一流ピアニストとしての修業を積み、メンゲルベルク、ドブロウエン、ヘンリー・ウッド卿などと共演。まだ新しいブゾーニ・コンチェルトを紹介し、多くの称賛を浴びた。その後、Austrian Trioを結成、さらにZoltan Szekelyなどの器楽演奏家と活発に演奏活動を行うかたわら、ロッテルダム音楽院で教師をし、ベルリンで1年間クラウディオ・アラウを教えている。
当時Schrammは、著名な人気ピアニストであり重要なピアノ教師の一人であったにもかかわらず、現在では忘れ去られてしまっている。原因の一つに、殆ど録音を残していなかった事が挙げられるだろう。英Pearlより復刻された「Pupils of Lescetizky」にもSchrammのレコードは収録されていない。
これはSchrammの残した録音の少なさに起因する。彼の正式に発表されたSPレコードは、独VOXに1925年頃録音された12インチ2枚4面(Chopin、H.Hodge、Schubert=Fischoff、Debussy)のみであり、その他に妻であるDiny Schrammとのデュオ録音がElectrolaに残されているが、残念ながら未発売である。このVOX盤で聴くショパン「夜想曲Op.9-2」は、ぽっとりしたタッチで慈しむように演奏されている。裏面のH.Hodgeは詳細不明の作曲家だが、なかなか面白いガヴォット・スタイルの曲で一聴の価値あり。当時の独VOXにはvon Sauer、Eugen d'Albert、Conrad Ansorgeなどのリスト派の重鎮たちや、Karol Szreter、Richard Singer(レシェテツキとブゾーニの弟子)、Michael von Zadora(レシェテツキとブゾーニの弟子)、Edward Weiss(ブゾーニの弟子)、Theophil Demetriescu(ブゾーニの弟子)、Celeste Chop-Groeneveltなど、錚々たるピアニストたちにのみ録音が許されたレーベルであり、当時のSchrammの評価を伺い知ることが出来る。
レコード録音は少ないものの、1940年代ABCラジオで「Presenting Paul Schramm」シリーズとして放送された一連の演奏が、幸いにもアセテート録音で残されている。これらの録音はSchrammのピアニストとしての力量を示すもので、ショパン「英雄ポロネーズ」での圧倒的なパワーはヨーゼフ・ホフマンに比肩する名演。また同じく「ワルツOp.64-2」では清潔で明晰なパッセージと中間部分でのたたみ掛けるような解釈が印象的であるし、「夜想曲Op.15-2」での青白く透明度の高いタッチは冷たい手触りさえ感じさせる。その他シューマン、メンデルスゾーン、リスト、ラフマニノフ、ミヨー、レクォーナ、アーチー・ローゼンタール(モーリッツ・ローゼンタールの親戚)などの小品はどれも良い演奏だが、晩年Jazzに傾倒したSchrammの自作曲でのオクターブ・テクニックはまさに十八番中の十八番であろう。
Paul Schrammのこれらの録音は、近々CD復刻をしたいと考えている。末筆ではありますが、文献・写真資料を提供してくれた日本レシェティツキ協会会長のJanos Cegledy氏に感謝を捧げます。